樋口恵子(評論家) ・機嫌よく90代を生きる(前編)
樋口恵子(評論家) ・機嫌よく90代を生きる(前編)樋口さんは東京生まれの92歳。 東京大学卒業後、時事通信社、学習研究社、キャノンの勤務を経て評論家活動に入りました。 「高齢社会をよくする女性の会」理事長で介護保険の実現に力を尽くしました。...
View Article樋口恵子(評論家) ・機嫌よく90代を生きる(後編)
樋口恵子(評論家) ・機嫌よく90代を生きる(後編) 相続者が一人娘なので、そういう事を見越しながら家を建てました。(8年前) 猫が4匹います。 猫歴70年です。 肺結核で1年自宅で療養していました。 兄も肺結核になり旧制中学の3年生で亡くなりました。 慰めになったのは兄の残した本と猫でした。 以来猫は守り神みたいになりました。...
View Article吉田一平(ゴジカラ村 創設者) ・みちくさしながら、ゆっくりいこうよ!
吉田一平(ゴジカラ村 創設者) ・みちくさしながら、ゆっくりいこうよ!現在78歳になる吉田一平さんは、生まれ育った愛知県長久手市にゴジカラ村と言うコミュニティーを作りました。 ゴジカラ村のゴジカラは仕事を終わったことを指すアフターファイブの意味です。...
View Article新沢としひこ(シンガーソングライター) ・〔人生のみちしるべ〕 いつもそばに歌があったから
新沢としひこ(シンガーソングライター) ・〔人生のみちしるべ〕 いつもそばに歌があったから 新沢としひこさんは昭和38年生まれ。 父親は保育園園長、母親も保育士と言う家庭で育ち、小さいころから歌や絵を多くの人に届ける仕事をしたいと考えていたと言います。 10代から弾き語りのライブをはじめ、20代で中川ひろたかさんと共に子供の歌を作り、発表してきました。...
View Article鳥居本 幸代(京都ノートルダム女子大学名誉教授)・平安貴族の女性たち その暮らしと生き方
鳥居本 幸代(京都ノートルダム女子大学名誉教授)・平安貴族の女性たち その暮らしと生き方およそ1000年前を舞台にした大河ドラマ「光る君へ」は当時の生活習慣、風俗にも興味を抱かせてくれます。...
View Article片岡 護(イタリア料理店 オーナー・シェフ)・〔美味しい仕事人〕 イタリアンをもっと身近に
片岡 護(イタリア料理店 オーナー・シェフ)・〔美味しい仕事人〕 イタリアンをもっと身近に 日本でイタリア料理が一般に広まって行ったのは1970年代後半から80年代にかけてと言われています。 当時イタリア料理のことをイタ飯と呼ぶなど、ポピュラーな料理になって行きました。...
View Article中西レモン(唄い手) ・〔にっぽんの音〕能楽師狂言方 大藏基誠
中西レモン(唄い手) ・〔にっぽんの音〕能楽師狂言方 大藏基誠唄:仏さまをたたえる、と言う意味もあります。 真言宗では梵唄(ぼんばい)と言う言葉が有ります。 天台宗だと声明(しょうみょう)と言ったりします。 私のジャンルは庶民の歌という事で民謡ですね。 関西の盆踊りの歌、「江州音頭」を習っています。 やぐらにあがって歌を歌っています。 関東地方だとそういった文化があまりない。...
View Article岩本光弘(全盲海洋冒険家) ・見えないからこそ、生きられる
岩本光弘(全盲海洋冒険家) ・見えないからこそ、生きられる岩本さんは熊本県天草市生まれの57歳。 幼少期から弱視で、16歳の時に全盲になりました。 、筑波大学理療科教員養成施設に進学し、在学中アメリカのサンフランシスコ州立大学に留学しました。 その後筑波大学の盲学校で14年間教員を務めました。 その傍らアメリカ人の妻の影響でヨットにのめり込んで行きます。...
View Article梨田昌孝(野球評論家 元プロ野球監督) ・〔スポーツ明日への伝言〕 最後の猛牛・近鉄の魂を受け継い
梨田昌孝(野球評論家 元プロ野球監督) ・〔スポーツ明日への伝言〕 最後の猛牛・近鉄の魂を受け継い 梨田さんは1953年(昭和28年)島根県浜田市出身。...
View Article藪光生(全国和菓子協会専務理事) ・〔わたし終いの極意〕 和菓子で心の栄養を
藪光生(全国和菓子協会専務理事) ・〔わたし終いの極意〕 和菓子で心の栄養を藪さんは今年80歳、もともとは建築業界で仕事をしていましたが、縁あって1978年に和菓子協会に入りました。 以来46年和菓子文化の継承と普及に取り組んでいます。 和菓子は心の栄養と説く藪さんに、お話を伺いました。 6月16日が和菓子の日となっています。...
View Article橘田智雄(貿易会社経営) ・ALSの妻を看取って
橘田智雄(貿易会社経営) ・ALSの妻を看取って6月21日は世界ALSデーです。 ALSと言うのは筋萎縮性側索硬化症と言って全身の筋肉が徐々に動かなくなる難病です。 国内におよそ1万人の患者がいると言われていす。 東京都内で貿易会社を営む64歳の橘田智雄さんはALSの妻の初代さんの在宅介護を8年続けてきました。...
View Article正置友子(絵本学研究家・青山台 文庫主宰) ・人生を支える絵本 ~団地の絵本文庫50年の日々
正置友子(絵本学研究家・青山台 文庫主宰) ・人生を支える絵本 ~団地の絵本文庫50年の日々 正置友子さんは1973年に団地の一室で文庫を始め、去年で開設から50年になります。...
View Article森山開次(ダンサー 演出家) ・〔夜明けのオペラ〕 オペラは究極の身体表現
森山開次(ダンサー 演出家) ・〔夜明けのオペラ〕 オペラは究極の身体表現森山開次さんは1973年神奈川県生まれ。 21歳でダンスを始め、2001年「夕鶴」でプロ活動を開始、和の素材をとりいれた独自の表現で注目を集めます。 2005年の舞台「『KATANA』は、ニューヨーク・タイムズ紙に「驚異のダンサーによる驚くべきダンス」と絶賛されました。...
View Article頭木弘樹(文学紹介者) ・〔絶望名言〕 没後100年フランツ・カフカ
頭木弘樹(文学紹介者) ・〔絶望名言〕 没後100年フランツ・カフカ フランツ・カフカは1883年生まれ、1924年6月3日に亡くなりました。 フランツ・カフカは20世紀最高の作家の一人と言われ、世界のさまざまな作家に影響を与えています。「或る人物に対する後世の人たちの判断が同時代の人たちの判断よりも正しいのは、その人物がもう死んでいるからである。...
View Article松原伸生(人間国宝) ・白と藍の染めの美、長板中形を受け継いで
松原伸生(重要無形文化財「長板中形」保持者・人間国宝)・白と藍の染めの美、長板中形を受け継いで 「長板中形」は江戸時代から伝わる技法で、型紙を使い藍で染めます。 白と藍の対比が美しく清涼感を生み出すために芸術的な感覚や優れた技術が求められます。 松原さんは昭和40年東京江戸川区の生まれです。 松原さんの祖父も「長板中形」の人間国宝で、その技はその息子たち4人に受け継がれました。...
View Article平栗智子(ガーデナー) ・〔心に花を咲かせて〕 運命に導かれて作った牧場の宿根草ガーデン
平栗智子(ガーデナー) ・〔心に花を咲かせて〕 運命に導かれて作った牧場の宿根草ガーデン園芸と無縁の世界でサラリーマンをしていた平栗さん、ひょんなことから園芸の世界に入って、思わぬ成り行きで牧場の中に宿根草ガーデンを作ることになったと言います。 以来10年、今や園芸のプロも注目するガーデナーとなり、ガーデンは多くの人を惹きつけています。広さは900平米ぐらいです。...
View Article矢野きよ実(書家・パーソナリティ) ・〔私のアート交遊録〕 “いい日になりますように”
矢野きよ実(書家・パーソナリティ) ・〔私のアート交遊録〕 “いい日になりますように” 名古屋を中心にラジオやテレビのパーソナリテイとして幅広い層から支持されています。 書道かとしても独特の世界観が注目を集めている矢野さん、特にその書体や矢野さんが生み出す言葉、「無敵」、「奇跡」、「生きている」、「生きたい」、「君のために」、などと言った独創的な言葉選びも、観る人を虜にしています。...
View Article木村 有子(チェコ語翻訳家) ・〔ことばの贈りもの〕 チェコは私の心のふるさと
木村 有子(チェコ語翻訳家) ・〔ことばの贈りもの〕 チェコは私の心のふるさと木村さんは1962年東京生まれ。 小学校3年生から3年間プラハで暮らしました。 日本の大学を卒業した後、プラハのプラハ・カレル大学に2年間留学。 その後ドイツの大学でも学びを深べました。 現在は翻訳家としてチェコの絵本や映画字幕の翻訳などを手掛けています。...
View Article栁川春己(パラリンピックマラソン金メダリスト・「光は見えなくても人生は明るい」
栁川春己(パラリンピックマラソン金メダリスト・「光は見えなくても人生は明るい」 栁川春己さんは昭和31年佐賀県生まれ。 生後6か月で小児緑内障になり、8歳で視力を失いました。 佐賀県立盲学校卒業後、早稲田鍼灸院開業。 33歳でマラソンを始める。 バロセロナパラリンピックに初めて出場、 1996年のアトランタパラリンピックのマラソン競技で金メダルを獲得しました。...
View Article原由美子(スタイリスト) ・着ることをもっと大事にしてほしい
原由美子(スタイリスト) ・着ることをもっと大事にしてほしい原さんは1945年生まれ、神奈川県出身。 父は著述家の原奎一郎、祖父は総理大臣の原敬。...
View Article